校舎の特徴と建築様式
校舎は木造二階建てで、コの字形の配置をとり、中央部分には吹き抜けの片廊下、そして正面玄関の上部にはバルコニーが設けられています。外壁は下見板張り、屋根は寄棟造りで瓦葺きとなっており、和洋折衷の建築様式が特徴です。これは1870年代の「擬洋風建築」とは異なり、洋風を取り入れながらも日本的な要素を強く残したデザインで、当時の学校建築の変遷を示す貴重な事例とされています。
校舎の規模は東西23間におよび、両翼は南に11間延びる広大な造りです。建築面積はおよそ255坪(841.7㎡)で、内部はほとんどが横4間×縦5間の教室で構成されています。壁は漆喰仕上げで、各室はガラス戸で区切られ、当時としては非常に近代的な設備が備わっていました。
建設の経緯
この校舎の建設には、総額6,287円という当時としては莫大な資金が投入されました。建築委員長を務めたのは登米伊達家14代当主の伊達基寧で、設計は宮城県技手の山添喜三郎、監督は佐藤朝吉、そして木材の提供は三島秀之助によるものです。まさに地域の総力を挙げて建設された教育の殿堂であったことが分かります。
正門に設けられた赤煉瓦造りの「赤門」は特に象徴的な存在でしたが、1978年の宮城県沖地震で倒壊し、残念ながら現在は国指定文化財から外れています。
学校としての役割と保存
竣工以来、長らく地域の教育を担ってきたこの校舎は、1980年代半ばには登米中学校の建て替えに伴い仮校舎としても利用されました。その後、1989年からは教育資料館として公開され、明治期の教室を再現した展示や、戦前の教育に関する資料が数多く展示されています。また、風格ある建築は映画やドラマのロケ地としても使用され、多くの人々に親しまれています。
周辺に残る「みやぎの明治村」
旧登米高等尋常小学校校舎の周囲には、同じく明治期に建てられた官公庁建築が数多く残されており、一帯は「みやぎの明治村」と呼ばれています。明治の面影を色濃く残す町並みは、訪れる人を100年以上前の時代へと誘います。
旧水沢県庁庁舎
1872年(明治5年)に完成した庁舎で、当初は登米県庁として着工された後、水沢県庁として利用されました。役所としての役目を終えた後は小学校や裁判所としても使われ、現在は水沢県庁記念館として一般公開されています。1976年には登米町の文化財に指定されました。
旧登米警察署庁舎
明治22年に竣工し、山添喜三郎による設計で建てられました。木造二階建て、白ペンキ塗りの下見板張りで、寄棟の茅葺屋根が特徴です。突き出した玄関は上下二層吹き抜けで、ペディメントや鬼瓦といった西洋と日本の意匠が融合しています。
覚乗寺高台院霊屋
1968年に解体復元された県指定重要文化財で、桃山様式の霊屋造りとして高く評価されています。方三間素木単層宝形造りに杮葺の屋根を持ち、向拝や縁が加えられた姿は荘厳で、歴史的価値が非常に高い建造物です。
登米の大柳
登米町寺池の大手前に立つユウキシダレの大木で、宮城県の天然記念物に指定されています。樹高25m、幹回りは根元で5.6mにも達し、推定樹齢は150年以上とされます。かつては「馬繋ぎの柳」と呼ばれ、地域の人々の生活に深く関わってきました。
アクセス情報
所在地
宮城県登米市登米町寺池桜小路6
アクセス方法
・JR仙台駅前から東日本急行「仙台 - とよま線」高速バスに乗車し、「とよま明治村」下車すぐ。
・周辺には無料駐車場も整備されており、車でのアクセスも便利です。
まとめ
旧登米高等尋常小学校校舎は、明治期の教育と建築を今に伝える貴重な文化財です。その周囲には旧県庁や警察署、歴史的寺院や天然記念物が点在し、町全体がまるで「明治時代の博物館」のような趣を持っています。
登米を訪れた際には、歴史と文化に彩られたこの町並みを散策しながら、近代日本の歩みを感じてみてはいかがでしょうか。