施設の概要と歴史
設立の経緯
登米懐古館は、1961年(昭和36年)に登米出身の実業家渡辺政人氏の寄贈によって設立されました。
渡辺氏は、自身の古稀を記念して、それまでに収集した伊達家に関する文化財と、それらを展示する施設を合わせて、旧登米町(現・登米市)に寄贈しました。
寄贈当初の収蔵品は約200点で、現在は約350点に増えています。
移転と新館の誕生
開館当初は、寺池城三の丸跡に建てられていましたが、老朽化のため、2019年(令和元年)9月8日に新館へと移転しました。
新しい登米懐古館は、伝統芸能伝承館「森舞台」も手掛けた世界的建築家隈研吾氏の設計によるものです。
武家屋敷通りに位置し、建物の屋根には登米町特産の天然スレート瓦が使われており、歴史ある街並みと調和したデザインとなっています。
館内の魅力と展示品
常設展示
館内には、登米伊達家ゆかりの武具や刀剣、美術品など、城下町時代を偲ばせる貴重な資料が展示されています。代表的な展示品は以下の通りです:
- 金小札萌黄糸縅大鎧(仙台藩主着用)
- 鉄黒漆塗五枚胴具足(登米初代 伊達宗直所用)
- 鉄黒漆塗胸取五枚胴具足(登米十二代当主 伊達邦寧所用)
- 太刀 備州長船恒弘作(名刀のひとつ)
- 絵画「古歌咲く時は」や、伊達政宗・狩野探幽・大徳寺江月和尚による合作
これらの展示は、武士文化の息吹を感じさせるもので、歴史や美術に興味を持つ方にとって必見です。
庭園と建築美
新館には、日本庭園が併設されており、表門から庭園を抜けて館内へと続く道は、訪れる人に落ち着いた雰囲気を提供します。
隈研吾氏の建築デザインは、伝統と現代の融合を意識しており、館全体が街並みと一体化した美しい景観を形成しています。
特別展・イベント
登米懐古館では、常設展示のほか、地域の歴史や文化をテーマにした企画展が随時開催されています。
さらに、伝統芸能の野外公演や、茶道の野点(のだて)など、訪れる人が日本文化を体験できるイベントも行われています。
登米伊達家の歴史
白石氏から伊達家へ
登米伊達家の起源は、刈田郡の白石氏にさかのぼります。白石氏は、奥州藤原氏の一族に連なる名家で、後三年の役以降、奥州の地で勢力を広げました。
戦国時代、白石氏は伊達氏の傘下に入り、天正14年(1586年)に第20代当主・宗実が伊達政宗の命により所領替えを受け、のちに胆沢郡水沢城を経て、慶長5年(1600年)に登米の地に移りました。
この時の当主・宗直は、関ヶ原の戦いの際に政宗に従軍し、その功績により伊達姓を許され、登米伊達家として一門に列しました。
江戸時代から幕末へ
江戸時代を通じて、登米伊達家は登米要害を拠点とし、仙台藩の一門として重要な役割を果たしました。
しかし、幕末維新期には混乱の中で華族への列爵運動が行われたものの、最終的には実現せず、士族として明治維新を迎えました。
寺池城と登米の城下町
寺池城の歴史
寺池城は、北上川西岸の丘陵に築かれた平山城で、戦国時代から江戸時代にかけて重要な拠点でした。
天正18年(1590年)の奥州仕置後、伊達政宗はこの城を重視し、家臣の白石宗直を1万5000石で配置しました。
元和の一国一城令後も登米要害として存続し、登米伊達家が代々城主を務めました。
現在の寺池城跡
現在、寺池城跡には曲輪や土塁、空堀などの遺構が残っており、一部は寺池城址公園として整備されています。
また、熊谷家に移築された裏門や、市指定天然記念物の「双竜の松」など、歴史を感じさせる見どころが点在しています。
観光情報
開館時間・休館日
開館時間:午前9時~午後4時30分
休館日:12月28日~翌年1月4日
入館料
一般:200円
高校生:150円
小・中学生:100円
アクセスと周辺スポット
登米懐古館は、登米町の武家屋敷通りに位置し、歴史的な街並みを散策しながら訪れることができます。
周辺には、教育資料館、海老喜(商家資料館)、警察資料館など、歴史を学べる施設が点在しており、あわせて観光するのがおすすめです。
まとめ
登米懐古館は、伊達家の歴史を物語る貴重な資料を間近で見られるだけでなく、隈研吾氏設計の美しい建築や、日本庭園も楽しめる文化施設です。
歴史に興味のある方はもちろん、建築や伝統文化に触れたい方にも訪れる価値があります。
登米の街並みとともに、ぜひ一度足を運んでみてください。