立地と環境
鳴子温泉は標高約300メートルの山間に位置し、周囲を豊かな山林と清流に囲まれています。春には新緑、夏には深い緑陰、秋には燃えるような紅葉、冬には白銀の雪景色と、四季の変化を鮮やかに感じられるのが特徴です。
温泉街の中心を流れる荒雄川は、湯煙とともに独特の硫黄の香りを運び、温泉地らしい情緒を漂わせています。
地名と呼び名の由来
鳴子という地名は、仙台弁をはじめとする東北地方の方言で「なるご」と濁って発音されることも多く、かつては駅名も「鳴子駅(なるごえき)」と表記されていました。1997年に「鳴子温泉駅(なるこおんせんえき)」へと改称され、観光地としての印象がより強まりました。なお、「ナル」という言葉は、山腹や山裾の傾斜が緩やかな場所を意味します。
古代から続く湯治の歴史
古代から中世にかけて、この地は「玉造湯(たまつくりのゆ)」として知られ、江戸時代に入ると仙台藩領を示す「仙台」の名を冠し、「仙台鳴子の湯」あるいは「仙台成子の湯」と呼ばれるようになりました。周辺の温泉地を含め「玉造八湯」と称された時代もあり、そのうち「鳴子(湯元)、河原湯、元車湯、新車湯」の4つが現在の鳴子温泉を構成しています。これらの湯は、かつて脚気や胆石、疝気、瘡(できもの)などに効能があるとされ、多くの湯治客が訪れました。
多彩な泉質 ― 鳴子温泉の魅力
7種類もの泉質を楽しめる温泉地
鳴子温泉の最大の特徴は、7種類もの異なる泉質を一つの温泉地で楽しめることです。塩化物泉、炭酸水素塩泉、硫酸塩泉、含鉄泉、酸性泉、硫黄泉、単純温泉と、実に多様な湯が湧き出しています。泉質ごとに効能や肌触りが異なり、湯めぐりをするたびに新しい発見があります。
地質と温泉の分布
鳴子温泉は、花崗岩類を基盤に持ち、その上に中新統の緑色凝灰岩層や変朽安山岩類が発達しています。温泉の源泉は、大きく3つのタイプに分かれます。
- 火口跡湖(潟沼)に湧出する温泉
- 爆裂火口跡に湧出する温泉
- 荒雄川裂罐線に沿って湧出する温泉
潟沼や湯元のように爆裂火口跡から湧く温泉は、安山岩層の割れ目から湧出します。荒雄川沿いの温泉は、第三紀層の礫岩や砂岩の中から湧き出しています。泉温や成分も多様で、まさに温泉の宝庫といえる地域です。
泉質の分類と成因
鳴子温泉の泉質は化学的にⅠ群・Ⅱ群・Ⅲ群に分けられます。Ⅰ群は塩類が多く、高温・高pHの湯、Ⅱ群はやや低温で中性~酸性、FeやCaなどのミネラルが豊富。Ⅲ群は44℃以下で塩類含有量が少なく、独自の泉質を示します。これは、火山活動による高温・高濃度のCl系温泉と、低温・低濃度のSO4系温泉の混合や共存によって生まれると考えられています。
鳴子温泉街 ― 下駄の音が響く町
温泉街の景観と雰囲気
鳴子温泉街は標高150〜200mの鳴子火山群北西麓に広がり、荒雄川を挟んで花渕山がそびえています。温泉街は鳴子温泉駅から「滝の湯」方面へ、線路や国道47号と並行して伸び、大型ホテルから湯治宿まで多彩な宿泊施設が並びます。駅前には足湯や手湯もあり、旅の疲れを癒してくれます。
下駄も鳴子 ― 街歩きの楽しみ
「下駄も鳴子」というキャッチフレーズのもと、宿泊客は下駄を履いて温泉街を散策できます。各宿で貸し出されるほか、観光案内所でもレンタル可能。カランコロンという音とともに、レトロな町並みを歩けば、まるでタイムスリップしたかのようです。
温泉神社と献湯式
毎年9月、温泉神社では「献湯式」が行われます。源泉の所有者が湯を奉納し、自然への感謝と温泉の繁栄を祈るこの行事は、鳴子温泉の文化と信仰を象徴する重要な儀式です。
周辺の観光スポット
- 湯めぐり広場
- 温泉神社、成澤不動尊、洞川院
- 日本こけし館、岩下こけし資料館
- 鳴子峡、大深沢、花渕山、尿前の関、潟沼、鳴子ダム
- 巨大こけし(高さ6m・修復済み)、こけしポスト、リーゼントこけし
湯治文化と温泉医療
江戸時代、農閑期になると仙台領内の農民が湯治に訪れ、1回の滞在は7日間が一つの目安でした。湯治中は自炊が基本で、宿の内外で食材や日用品を調達しました。娯楽として将棋や碁が楽しめる宿もありました。
近代には、東北大学医学部温泉医学研究所や国立鳴子病院などが整備され、温泉医療の拠点としても発展。現在もその研究と実践の伝統が息づいています。
共同浴場 ― 地元と旅人をつなぐ湯
滝の湯
湯元にある「滝の湯」は温泉神社の御神湯で、総ヒバ造りの浴槽に源泉が滝のように注がれます。地元の交流の場として愛され、観光客も利用可能です。
早稲田桟敷湯
1948年、早稲田大学の学生が掘り当てた源泉を利用し、1998年に前衛的なデザインで改築された共同浴場。ナトリウム・硫酸塩泉や塩化物泉などが楽しめます。
名産品と伝統工芸
鳴子の味覚
鳴子温泉では、地元ならではの素朴で味わい深い名産品が数多くあります。
栗だんご
蒸しあげた団子の中に丸ごとの栗を包み、香ばしい醤油だれを絡めた甘じょっぱい和菓子です。素朴ながらも深い味わいで、お土産としても人気です。
わらび餅
本わらび粉を使って作るもちもちとした食感が特徴で、見た目や舌触りは「ゆべし」に似ています。冷やして黒蜜やきな粉をかければ、夏の涼菓として格別です。
しそ巻き
香ばしい紫蘇の葉で、胡麻やくるみ入りの甘辛味噌餡を包み、油で揚げた保存食。お茶請けにもぴったりで、昔ながらの家庭の味として親しまれています。
菊なめこ
菊の花となめこを一緒に漬け込んだ珍味。シャキシャキとした菊の食感と、なめこのぬめりが絶妙に調和します。
山葡萄細工・あけび細工
山葡萄やあけびの蔓を編んだ籠やバッグなどの民芸品。丈夫で長持ちし、使い込むほどに艶と味わいが増します。
鳴子こけし
鳴子こけしは、宮城県北部を代表する伝統的な郷土玩具で、土湯温泉(福島市)や遠刈田温泉(蔵王町)と並び、三大こけし発祥の地の一つです。
1940年に名称が「こけし」と統一される以前は、「こげす」「こうげし」「でこ」など地域によって様々な呼び名がありました。鳴子系の特徴は、首を回すと「キュッ」と音が鳴る構造と、胴のくびれ、そして胴体に描かれる菊の花模様です。
「こけしの蒐集は鳴子にはじまり鳴子におわる」と言われるほど、愛好家の間で高い評価を受けています。
鳴子漆器
鳴子漆器は、轆轤を使う木地師、漆を採取する漆掻き、塗師、蒔絵師など、多くの職人の技術が結集して作られる伝統工芸品です。江戸時代には仙台藩の産物として記録され、明治時代には水車を利用した大型挽物の生産で最盛期を迎えました。
その後、こけしブームに伴い職人がこけし製作へ転向するなど変遷がありましたが、現在でも木地呂塗や拭き漆塗の椀などが作られ続けています。
鳴子温泉の歴史
古代
『続日本後紀』によれば、837年に火山活動とともに温泉が湧き出した記録があり、843年には温泉神に従五位下の神階が贈られたとされます。927年には『延喜式』に温泉神社の名が記されています。
中世
順徳上皇の『八雲御抄』に陸奥の名湯として鳴子が挙げられ、源義経と郷御前の子・亀若の産湯に使われたことから「啼き子」と呼ばれ、それが転じて「鳴子」になったという伝承も残ります。
近世
江戸時代、鳴子は仙台藩内で最も賑わう湯治場となり、出羽仙台街道の宿場町として栄えました。1632年には湯治宿「遊佐屋」が開かれ、以降、多くの湯が発見され温泉街が形成されていきます。
松尾芭蕉も『おくのほそ道』の旅の途中で鳴子を訪れ、有名な句を残しています。
近代・現代
明治期には鉄道の開通や上水道の整備で観光地としての基盤が整い、大正から昭和にかけて多くの文人や著名人が訪れました。戦後は全国こけし祭りの開催やスキー場の開業など観光資源が多様化し、近年は地熱発電所の運用も始まっています。
文学と芸術に描かれた鳴子温泉
鳴子は多くの詩人・歌人・作家に愛され、斎藤茂吉や種田山頭火らが歌碑や句碑を残しています。また映画『男はつらいよ 寅次郎心の旅路』の舞台にもなり、観光地としての魅力を全国に発信してきました。
アクセス
鉄道
JR陸羽東線・鳴子温泉駅下車すぐ。
高速バス
仙台駅前からミヤコーバス「仙台-鳴子線」で終点・車湯下車。
自家用車
東北自動車道・古川インターチェンジから国道47号経由。
まとめ
鳴子温泉は、歴史、文化、自然、そして人々の営みが重なり合って育まれた東北屈指の温泉地です。多彩な泉質と風光明媚な景観、そしてこけしや漆器などの伝統工芸が訪れる人々を魅了します。
訪れれば、温泉で癒されるだけでなく、何百年も続く文化や人々の温かさに触れることができるでしょう。