創建の歴史と背景
創建の経緯
仙台東照宮の建立は、天正19年(1591年)に遡ります。徳川家康が葛西大崎一揆鎮圧の帰途、玉手崎の丘に立ち寄り、当時この地にあった天神社(現・榴岡天満宮)で伊達政宗と休息した故事が背景にあります。政宗の没後、領内では大火や大洪水など災害が相次ぎ、藩財政も困窮。そのため、仙台城の北東、鬼門にあたるこの地に家康を祀ることで領内の守護を願いました。
忠宗は慶安2年(1649年)、3代将軍徳川家光に東照宮造営を願い出て許可を得ます。同年8月より普請が始まり、本殿、唐門、透塀、幣拝殿、御供所、御厩、鐘楼、随身門、石鳥居など壮大な社殿群を建設。延べ83万人以上の人員と小判約22,443両が投じられ、承応3年(1654年)3月に竣工しました。
伊達家と徳川家の関係
伊達家と徳川家は深い姻戚関係を持ちます。政宗の長女・五郎八姫は徳川家康の七男・松平忠輝に嫁ぎ、さらに忠宗は2代将軍秀忠の養女・振姫を正室に迎えています。こうした関係も、仙台藩が東照宮を建立する大きな要因となりました。
仙台東照宮と城下町
御宮町の成立
造営時、忠宗は門前町「御宮町」を地割りし、ここを神社運営の拠点としました。御宮町は社領ではなく町奉行の管轄下にあり、住民は祭礼時の神輿担ぎや境内清掃など「東照宮御用」を務める代わりに諸役免除や経済的特権を与えられました。
また、氏子町として大町、肴町、立町など8町が指定され、祭礼運営や山車の出動を担いました。
祭礼と文化
仙台祭
明暦元年(1655年)から9月17日を祭礼日とし、藩主在国の年には城下町全域で神輿渡御や山車巡行が行われました。この祭礼は「仙台祭」と呼ばれ、江戸時代末まで領内最大の行事として盛大に催されました。
神楽
境内の神楽堂では、市の無形民俗文化財「東照宮神楽」が奉納されます。毎年4月第3土日に行われ、宮町の住民らが伝統を受け継いでいます。
境内と文化財
重要文化財
- 石鳥居:承応3年建立。県内最古の鳥居。
- 唐門:霊獣彫刻が施された華麗な門。
- 透塀:本殿を囲む美しい黒漆塗の塀。
- 本殿:非公開。漆塗・金箔装飾の荘厳な社殿。
- 随身門:楼門形式、欅造り。
- 石灯籠群:伊達家家臣ら奉納、計38基。
その他の見どころ
御神橋は創建時の姿を再現した橋で、周囲には古桜が咲き誇ります。境内社「古峯神社」は栃木県の古峯神社からの分霊を祀ります。また、神輿堂には東北最大級の神輿が収蔵され、正月や春祭に公開されます。
近代以降の歩み
明治維新後、東照宮は藩の管理を離れ荒廃しましたが、氏子の尽力で復興。1879年に郷社、1925年に県社となります。1935年の火災で幣拝殿などを焼失しましたが、1964年に再建。1970年代には本殿や唐門の大修理も行われました。
東日本大震災後には随身門背後の石垣修復工事が実施され、2013年に完了。現在もその荘厳な姿を保ち、仙台市民や観光客に親しまれています。
アクセスと観光
仙台東照宮は仙台駅からバスやJR仙山線でアクセス可能で、周辺には門前町の趣を残す商店や飲食店があります。春は桜、秋は紅葉が美しく、歴史散策と季節の景観が同時に楽しめます。
徳川と伊達の歴史が交差するこの地は、建築美や祭礼文化、そして地域の人々の信仰心を感じられる貴重な場所です。